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北野病院

医学研究所北野病院は、大阪市北区の大阪駅・梅田駅を中心とするエリア「キタ」の東端に位置し、当院より南西
に徒歩4分の距離にある梅田の中央部、神山町に綱敷天神社(つなしきてんじんしゃ)が存在しております。
昌泰4年(901年)1月、右大臣菅原道真公が大宰府に左遷される際、神山町にさしかかったところ咲いていた紅梅に立ち止まられ、艫綱を敷いて道真の即席の観覧席としたことが綱敷天神社の「綱敷」の名の由来となりました。
大宰府にて道真死去後、道真の愛でた紅梅の元に小祠を営み「梅塚」と称して道真を祀りました。
その紅梅が「梅田」の梅の字の由来となったともいわれております。
また、綱敷天神社は、正暦四年(西暦993年)頃に北野(喜多野、喜多埜)天神とも通称され現在の大阪「キタ」の名の起こりと伝えられております。
約6400年前、梅田近辺は粘土層の上に主に淀川が運んだ砂が徐々に堆積し形作られた低湿地帯でしたが、1583年から豊臣秀吉により大坂城建設開始とともに城下町造りが進められ現在の「キタ」の街の基礎が作られました。
古代に思いを馳せてみると全く違った景色があったのですね。
第136回関西形成外科学会学術集会
会長 石川 奈美子
公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院 形成外科

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